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2018年4月 4日 (水曜日)

定年後再雇用問題に見る。政策の矛盾と「働かせ方改革」

定年後の極端な労働条件低下(賃金75%カット)は高年齢労働者雇用安定法(高年法)の趣旨に反するとして争われた裁判(福岡地裁、福岡高裁)の上告がなされたことについて、最高裁判所は会社が労働条件面で雇用継続できなかった労働者に100万円の慰謝料支給を認めた福岡高裁判決に対する上告を退け、高裁判決が4月1日付で確定しました。

つまり、60歳再雇用以降の労働条件の著しい切り下げは、高年法の趣旨からいって認められないという最高裁が判断したわけです。

この裁判の場合、会社が労働者に提示した60歳以降の賃金が75%カットという、異常な減給(フルタイムが認められずにパート勤務を求められた)、ということもありますが、これまで、高年法で一応65歳までの継続勤務が認められたものの、その賃金が異常に低額で、働こうにも働けないような条件なので継続雇用をあきらめたという問題は多く存在しています。少し前にこのブログでも取り上げた東京のH社の不当労働行為問題にもそれがありました(雇用継続条件が半額程度でした=この問題についてのブログ記事は、裁判で和解が成立したために削除しました)。

今回の最高裁の判断は、このように働きたくても働けないような、継続雇用に関する劣悪な労働上条件が提示され、労働者が継続雇用を断念したとき、労働者に慰謝料を会社が払わなくてはならないというもので、ある面画期的です。

しかし、問題の本質はそこにはありません。そもそも、高年法は政府が年金制度破綻を取り繕うために導入した制度ともいえ、基本は年金支給年齢を遅らせて、それまでなんとか、労働者には働いて貰って年金支給がなくても良いようにする、という発想から成立したといえます。また「働き方改革=働かせ方改革」でも「多様な働き方」などといって、結局低賃金労働、働く側の自己責任を打ち出そうとしています。その基本には労働者の生活と権利を守るという発想はありません。だから60歳以降の継続雇用に関しての労働条件については曖昧です。そして少しでも安く労働者を使いたい企業は、この雇用継続にあたって驚くべき低賃金の提案や、働いて欲しいときだけ働いてもらうパートでの雇用とかを平然と行っているわけです。

60歳までの労働者と60歳以降のしばらくの間、労働者の労働の質が大きく変わるはずはありません。しかし、企業はここで人件費を大いに浮かそうとする。単純に考えても、基本的な労働の部分(役職手当とかは別として)大きく変わらないはずです。役職手当などを引いた分の賃金が保障されるのは当然のことで、企業側の継続雇用条件の提示にあたっては、合理的な条件を示すべきであり、また、人材不足が急速に進行している今の日本では、合理的な雇用継続条件を示せる企業だけが人材を確保できるのではないかと思います。

政府はいま、70歳以降の定年を視野に入れ始めています(つまり年金の70歳以降支給です)。

 このため「高年法」の「高年齢」という言い方も変わるかもしれません。日本の労働力不足と、年間50万人以上の人口減少が続く状況になったことを考え合わせると、60歳以降の労働条件が著しく劣化しない法整備が必要であり、また、一方では、60歳以上働かざるを得ないようにした政府の年金政策に対する責任追求と、国民の半数以上の貧困層と比較的低所得層を死ぬまで働かせる「改革」となりかねない「働き方改革」(安倍政権は「多様な働き方」は「死ぬまで働く」とも取れます)の根本的批判、社会格差の解消が必要です。

2015年11月 6日 (金曜日)

明日は、私たちユニオンの定期大会(それにしても、この20年、労働者の生活は酷くなりました)

またまた、久々の書き込みになります。

明日11月7日は、私たちNU東京の第21回定期大会です。

この間に、多くのことがありました。一番の大きなことは、1998年から今日まで、延々と労働条件の低下が続いていることです。いわゆる正規労働者が少なくなり、契約、派遣などの「非正規」労働者が増えました。そして一世帯の収入をまかなうためには、共働きとアルバイトが必要になる家計が増えました。他方、1998年以降今日までの間に、「戦後最長の好景気」と言われる、「いざなみ景気」が、多くの労働者の生活実感とは別に生まれていた、大企業は大いに利潤を上げたようです。

要は、バブル経済崩壊後の「長期不況」下で、労働者の賃金が大いに減り、また製造業企業の製品生産の場が、より賃金の安いアジア諸国などに移り、結局は大手企業が利潤を上げたということになっているのです。

2008年にはリーマンショックがありました。これは、世界の隅々まで(旧ソ連・東欧や中国まで)市場化が進んでいくなかで、さらにバーチャルな空間(債券市場)に利潤を求めたが、それが崩壊したことで生じました。また2011年3月11日には東日本大震災と福島原発の爆発事故がありました。日本は大いに動揺しました。当時既に自民党政権は格差拡大問題(ワーキングプアなど)や相次ぐ議員の不正・スキャンダル、残業代ゼロ法案(「ホワイトカラーエクゼンプション)の導入の企てなどで、政権を追われていたのですが、その後に政権を担った民主党は、結局市場原理主義の政策以上は打ち出せず、加えて民主党と電力業界の労使共々結びつきが強かったので、原発事故にも対処できず(労働団体の「連合」は2011年のメーデーで原発事故を取り上げることを辞めたほど)、国民の支持を急速に失いました。

で、今日、労働者の状況はどうなっているかというと・・・。

いつの間にか、かつては特定の業種に限られていた「派遣」労働があらゆるところで取り入れられ、加えて、有期雇用労働者は正社員に至る道を大きく妨げられ(有期労働法制によって)、そして消費税はやがて10%にもなり、法人税は引き下げられ、貧しくなる一方の労働者は生活苦にあえぐようになっています。

アベノミクス?? なんのことでしょうか?? 賃上げするって? どこで賃上げがなされましたか? 株価が上がった? 国民の財産である年金基金などの公的資金で株を買い支えたそうですが、それで儲かったのは株屋さんと投機筋? 一説には株投資の失敗で年金の元手が大いに減ったとの報道すらあります。

世の中には、労働基準法や労働安全法を無視して、労働者を文字通り死にいたるまで酷使する企業、劣悪な雇用条件のもとで、労働者をボロ雑巾のように使い捨てる企業、すなわちブラック企業が闊歩し、これと伴って労働者いじめに荷担するブラック士業(一部の弁護士や特定社労士)がうごめいています。

労働組合は、いわゆる既婚加盟型の合同労働組合(ユニオン)が、かろうじて検討しているといえますが、今年あれほど安保法制改悪に対する運動が国会周辺などで盛り上がったにもかかわらず、また反・脱原発運動がいまも活発に繰り広げられているのに、派遣や有期雇用契約などの労働法の改革に対する運動は今ひとつです。

社会の最も基本的な部分が「労働」であることは、論を待たないのに、その労働分野、私たちの社会の基層が日々資本によって侵食されていることに、労働運動は十分に対処できていません。また、戦後長く続いた日本の企業別労働組合では、このような日本の労働の基本的問題には対処しようがないのかもしれません。

明日は、私たちNU東京の定期大会です。小さな組合ですが、なんとか現代の労働をめぐる課題に対処できるような方向性を打ち出していきたいと思うのです。

「かわせみ」の独り言でした。

2014年12月 2日 (火曜日)

さて総選挙、きっぱりと安倍政権にNON! しかし、どこに投票しよう?

さてと、総選挙です。

昨年春以来、長らく羽を休めていたカワセミですが、総選挙には投票します。しかし・・・。

アベノミクスという目眩ましが、いかにデタラメで中身のないもの、いや経済政策は幼稚で矛盾だらけ(なにしろ、「お札をドンドン刷れば良い」という程度の認識)、結局は労働者の生活を破壊して大企業や富裕層(安倍や麻生などは象徴的な富裕家系)を富ませるものでしかありません。

そしてイデオロギーだけが時代錯誤の戦前指向であることは、はっきりしているので(レイシストや日本神話を現実の歴史と混同する人士を周辺に集めての極右政治)、この安倍政権を問う選挙というのであれば、きっぱりとNON!と投票行動を行えばよいのです。

でも、では、どこに投票するかというと・・・・。入れるところがありません。民主党は依然として基本が市場原理主義で(消費税も福祉の切り捨ても民主党政権下で進んだわけですから)、維新とかみんなとかの諸派は、その民主党に輪をかけての市場原理主義だったり極右的イデオロギーだったりします。とても投票できません。

さらに、左翼(共産党と社民党)は、依然として新しい時代に対応できていない。唯一の正しさとか、官僚主義だったり・・・・。

こまったものです。

こう考えていくと、安倍首相のなにがなんでも早期解散作戦は成功しているのかもしれません。狙いは、アベノミクス賛成でなくても「棄権」が増えれば良いということでしょうか?

いま、スペインではPODEMOSという、時代に即した左派政党が多くの支持を集めていると聞くので、思い切って「ポデモス」と投票しようと思いましたが、それは「無効票」になって「棄権」おなじになります。

で、きっと投票日まで悩むことになるカワセミでした。

2014年6月18日 (水曜日)

アベノミクスのインフレ政策で、残業ゼロラインが引き下げられたら・・・!将来は現在年収500万円レベルも残業代ゼロとなる。

久しぶりに(本当に久しぶり、1年と数ヶ月カワセミは不在でした)書きます。

安倍政権による残業代ゼロ法案、なにやらその対象者を「1000万円以上」にするということ、つまり「残業代ゼロライン」が、法案が成立した後に下方修正されそうです。そういえば、かつての第一次安倍政権のときは800万円という線が出ていましたが(それすら怪しく、もっと下げられるのではという見方もありました)、今回もどうやら、その800万円ラインにこだわっている?

ところで、この将来における「残業代ゼロライン」ですが、アベノミクスのインフレ方針が貫徹されたとしたならば、10年後には現在の年収500万円が800万円近くになるのではないでしょうか? つまり貨幣価値が無くなってしますのです。と、考えると・・・・。

安倍自民党政権の残業代ゼロ法案の「金目」は10年後には現在の年収500万円レベルをもってする、ということになりそうです。何とも恐ろしい! アベノミクスは全くの竜頭蛇尾、羊頭狗肉で、経済政策は総破綻の過程にありますが、労働者に「ただ働き」を強いて、政策の破綻を繕おうとする魂胆は見え見えです。

安倍政権とは、一方で軍需産業を育て「死の商人」を養い、また原子力を輸出して害悪・汚染を世界に広げ、他方国内では、労働者を絞れるだけ絞り、その生活を破壊し、労働者を企業に隷属させていく戦後最悪の政権ではないでしょうか?(そうそう、NHKを、どこかの軍事独裁国家の「公共放送」並に、政権の宣伝手段として使い始めているのも大問題です)

こんな政権は一日も早く終わりにしたいものです。そして、残業代ゼロ法案は断固として阻止! です。

(留鳥カワセミ)

2013年3月18日 (月曜日)

安倍政権の賃上げ政策は内実がない。効果的な賃上げは最低賃金の大幅引き上げと、ただ働きの根絶。

安倍政権は、労働者の給与を上げるとしているが、実際には全くその感がない。

マスメディアは自動車大手メーカーや大手コンビニ業で賃上げがあると報じていますが。アベノミクスで大儲けしそうな自動車産業はさておき、コンビニ業界の賃上げもかなり怪しく思えます。

まず、賃上げは「賞与」についてというところが多く、この「賞与」なるものの査定が以下に実施され、それがどのように実際の賃上げになるかが不明です。

それに、今回「賃上げ」するとした多くの企業の賃上げ対象者は「正社員」であり、各企業とも「非正規」社員を大幅に増やしているので、実際は職場で賃上げ対象者が何人なのか?ということもあり、さらに同じ職場で働いている(コンビニも)同じユニフォームを着た人でも、実は会社が違う人もいるわけですから、コンビニ業界の「賃上げ」など、かなり「名ばかり賃上げ」と言えるのではないか?と思われます。

私たちが日常受けている相談でも、賃下げ、解雇、正社員から契約社員への変更、契約社員からアルバイトへの変更、そしてそれとともに行われる退職勧奨という相談が目立ちます。

いったいどこに「賃上げ」の現場があるのか? 

きっと安倍政権は、一定程度「大企業」の「正社員」の賃上げが落ち着いた段階で、大企業正社員の平均賃上げ率などを出して、「確かに賃上げがあった」などと政策の実現をアピールするのだと思いますが、それはごまかし統計もので全く信じるに足りません。

ところで、もっとも手っ取り早くて、しかも全業種、全企業規模にわたる実質的な賃上げの方法は、サービス残業の廃止(当然、時間外労働はすべて法にかなった割増賃金を支払う)。そして最低賃金の大幅な引き上げです。また、年次有給休暇の取得率の向上も雇用を生み出します。

要は、労働政策を見直すことです。これは残業代未払い法(ホワイトカラーエクゼンプション)の導入を過去に図り(失敗した)、また正社員の解雇自由を検討する安倍自民党政権には荷が重すぎると思いますが、賃上げを政策として打ち出した以上、そのくらいのことはやらねばなりません。

このままゆくと、2%の政策インフレが強行されるなかで、賃金のみが目減りするという最悪な状況にいたります。そして社会には不満が醸成され、蓄えられていくことになります。

そして、矛盾だらけの政治的経済対応の「アベノミクス」が破綻し、賃金が実質目減りする事態が訪れたとき、安倍政権(あるいはその後の政権)がとる策は、改憲のうえ「強靱な国家」を前面に出し、た軍拡・強権策になるのでしょうか? それこそ日本破滅のシナリオです。

政府の掛け声ややマスメディアの報道とは大きく隔たりがある労働現場の声を、日々の労働相談で受けながら、本当に心配になります。

2013年2月27日 (水曜日)

NU東京結成15周年の日に、思いつくまま書きます。

わたしたちNU東京は、1998年2月27日に結成されました(当時の本部所在地は板橋区)。ということで、気がつけば今日は結成15周年の記念日です。

この15年間に私たちが受けた労働相談件数は1万件を超えます。寄せられる相談のテーマは解雇、退職勧奨・退職強要、ハラスメント・嫌がらせ、出向・転籍、降格・減給、賃金(残業代含む)未払い、遅配・欠配、病気・休職そして労働組合作りと、ほぼ変わりませんが、その内容は深刻化しています。

まず、賃金が大幅にダウンしています。IT労働者の時間あたり換算の賃金は、ほぼ半減したといって良いと思います。加えて労働密度が高まり、過重労働となり、これによる病気休職の相談が多くなってきました。

この15年間は、日本における製造業従事者が減少した15年間でもあります。NU東京結成時の1998年は、日本がバブル経済の傷を負いながら製造業主体から非製造業主体の産業構造へと大きく動き出したときでした。1990年代半ばに日本は非製造業社会に舵を大きく切りました。そして「正社員」中心から「非正規労働者」の大量採用へと大きく動きました。このような労働者を取り巻く環境の大変化は労働者を個々バラバラに経営者と向き合わさせ、形だけの「労使間の自由な契約」のもとで、労働者に不利な労働条件を押しつけ、そして労働者の生活は苦しくなる一方なのに、日本は「いざなみ景気」(戦後最長の「いざなぎ景気」並の好景気)を生み出したのでした。いつの間にか大企業の「内部留保金」が数百兆円にもなるという、格差と富の偏在が生じていました。

この富の偏在と社会的不幸へが、誰の目にも明らかになったときに(安倍第一次内閣が残業代は払わなくて良いなどという法律を作ろうとしたことを忘れてはなりません)、自民党政権は崩壊し、民主党中心政権が(短命ですが)生まれました。

15年の間に、さらに二つの大きなことが起きました。

一つは2008年9月の「リーマンショック」であり、これは市場原理主義と「経済学」の破綻を印象づけました。

もう一つは2011年3月11日の東日本大震災と引き続き起きた福島原発の爆発事故です。これは、政府が長年続けてきた原発行政のデタラメさを一気に明らかにしました。

この二つの事態は、私たちに世界のあり方と日本のあり方を根本的に問い直す必要を感じさせました。それはまた、日本の社会のあり方を問うものでした。

しかし、日本の労働組合活動は、このような大事なときに停滞し続けています。

その大きな原因は企業別の(企業と一体になった)労働組合のあり方があります。また、製造業の従事者が1000万人を切るまでになっているのに、労働運動の形は未だに「重厚長大」で、個々人がバラバラになって働いている、日本の現状と乖離してしまっています。日本の労働運動の作り直しも必要だと思います。

長々と書いてしまいました。

とにかくNU東京結成15周年です。

といっても、特に記念イベントはなし。ただ、私たちは日頃の活動を淡々と続け、その活動の中から新しい労働運動の形を模索するのみです。

(かわせみ)

2013年2月 4日 (月曜日)

アベノミクスによって、賃金が上昇する? そんな保証はどこにもない。考えられるのは、さらなる過重労働と時間外賃金の未払い。

安倍政権の労働「目玉」は2%インフレ政策で、これによる賃金上昇です。この2%のインフレという数字がどこから出てきてのかわかりませんが、要は小バブルを作り出して景気にテコ入れするということなのでしょうか?

この年末年始のテレビ番組を見ていると、経済評論家やらニュース解説者やらの中に「バブル期」を懐かしむような発言が目立ったようにも思えます。このような評論家や専門家には失われた20年を語る資質も資格も能力もないのですが、安倍首相その人も、バブルの夢を見ているとしたら、これは悲劇でしかありません。

そもそも、政府が日銀にいかに圧力をかけようとも、そして円札を増刷しようとも、それは一部の大企業やマネーゲームで濡れ手に粟の投資家の利益にしかつながりません。実際には円安になるので国民の資産は減ってしまい(グロバールな視点に立てば)、インフレが進行すれば蓄えも切り崩すことになります。

肝心なことは安倍首相の甘い言葉のように賃金の上昇があるかどうかですが、それは難しいのです。なぜならば「失われた20年」に、企業の収益が賃金に回らなくなる仕組みがすっかり出来上がっているからです。逆にこの20年間、企業は労働者の賃金を下げることによって企業の収益を上げ、そして収益は企業の内部留保なり投資に回すのみでした。いまや企業にとって労働者は単に使い捨てる「物」でしかありません。

また、日本の産業構造も製造業中心から金融・商業・サービスへと移行し、賃金の決定はかつての年齢・賃金テーブルに基づく「労働時間」から、労働による「実績」とか「成果」などが前面に出され、しかも経営者が得手勝手に導入した「評価基準」で一方的に「評価」するようになっています。そしてこのことが、日本では時間外労働に対する賃金未払という不法が横行している状況を生んでいます。

いくらインフレになっても賃金はそう上がらない、というか上がりようがない状況があるのです。

日本の労働者賃金を上げる早道は、労働時間に対して不法にも払われていない賃金を企業が払うことです。また過重労働(日本では死に至らないと、なかなか「労災」と認められない状況があります)をしなくても生活できる賃金を政府が保証することです。

安倍首相は、かつて企業が残業代を払わなくても良いという法「ホワイトカラーエクゼンプション」を成立させようとしました。その考えが変わったとは思えません。ならば、安倍首相が想定する賃金上昇とは何でしょうか?

インフレを起こし、形だけでも市場で金が動くようにし、株価を上げ、それが何らかの形で企業の活動を活発化させ(これが雇用状況好転となる保証などありません)、万が一企業活動が活発化したら・・・・・・

労働者の賃金が上がるか?

いや、現在の労使関係を前提とする限り、賃金未払いの過重労働が蔓延するのだけではないでしょうか?

2013年2月 1日 (金曜日)

日本の労働者の賃金が1990年以降最低、そして製造業就労者は1000万人割れという状況で、実は膨大な「未払賃金」が発生しているのではないか?

昨日の新聞報道によると、日本の労働者の賃金(賞与を含む現金給与総額)は、厚生労働省が統計を取り始めた1990年以降で最低額になったそうです。報道によると、給与総額は1998年以降下がり続けているということですが、ならば2002年1月から2008年2月までの73ヶ月間続いたという「最長の好景気」である「いざなみ景気」、あるいは1999年1月から2000年末にかけての「ITバブル」とはいったい何だったのでしょうか?

日本の労働者は、政府が何といおうと(自民党であろうと民主党であろうと)、一部の大企業や、怪しげな起業家・ヒルズ族が濡れ手に粟で利益を享受している一方で、確実に貧困化してきたのです。

とくに「いざなみ景気」は、労働者の賃金抑制、大幅な「非正規」労働者の採用によって、企業は利益を確保し続けてきました。労働者の犠牲の最終的な仕上げが「残業代は払わなくて良い」という悪名高き「ホワイトカラーエクゼプション制」の法的整備でしたが、これはあまりにも酷く、社会格差も拡大したために、小泉・安倍・福田・麻生と続いた市場原理主義を基盤視した特権世襲政治家による自民党政府崩壊の一因となりました。

一方、今日の新聞報道によると、日本の製造業就業者が51年ぶりに1000万人を下回ったとのことです。

51年ぶりといっても、52年前は農林漁業従事者が多かった訳です。ところが、現在は、製造業に変わるのは「農林水産」でなくて「サービス・商業」です。これは日本の産業構造が販売・金融・情報・サービスにシフトしているということで(1990年代半ばで製造業中心ではなくなっている)、この非製造業中心の産業構造は、ともすれば使用者側が都合良く労働者を使うことができ、労働者サイドから見ると、労働時間は増えても(サービス残業の増大)賃金が増えないという問題があります。

工場労働を中心とした製造業は、労働時間管理が明確な上、労働組合も(企業組合であろうと)組織しやすく、労働時間に対する賃金支給にごまかしがきかないということがあります。一方、サービスや商業労働の場合、IT技術の進歩もあわせ、労働時間管理ができず(あるいは企業があえて行わず)、時には24時間態勢で勤務しても、時間外労働はカウントされないような状況を生みます。

近年、過重労働問題(過労死、病気休職)が多発しているのは、このような産業構造の変化も大きくあると思えます。

政府(厚労省)の発表の通り、下がり続けている日本の労働者の給与所得において、どれほどの未払い賃金が発生しているか(この額は統計に表れず隠されています)? このことが問われるべきです。

もし、実際に労働者が働いた時間に対して正当な賃金が払われていたら、どのような統計数字になるのか? 労働相談を受け様々な事例に接する立場からすると、給与所得は「増えていなければおかしい」のです。

だから、日本の労働者の給与所得が最低になったという状況のその裏には、確かに低賃金労の「非正規」労働者の大量最良があるものの、一方では産業構造の大幅な変化と、デタラメな賃金支給(制度)によって、日本の労働者に対する未払い賃金(給与所得統計に反映しない)が大幅に増えているという現実も見なければなりません。

労働行政はいま、労働者の立場に立つことなく、死ぬほど働いてようやく「労災」という酷さです。せめて実労働時間の把握と未払賃金の支払いを求めるようになれば、ものすごく「税収」が上がるはずです。労働者の生活を破壊するアベノミクスのインフレ策や大増税策より、その方が先決問題です。

2013年1月10日 (木曜日)

「ブラック企業」手法が蔓延する日本。基本はカルト対策と同じで、企業から離れること。

今野晴貴さんによる「ブラック企業」(文春新書)には、ブラック企業を知る入門書としては最適です。

ブラック企業とは、「黒い世界の会社」、つまり暴力団関係の企業と言う意味でなく、脱法行為(ときは違法)を繰り返して、労働者の心身ともに支配し、労働者の健康を壊し、そして「成長」あるいは「生き残る」企業のことです。マスメディアで大々的に宣伝をしている企業もあります。

「ブラック企業」ははじめ、主にネット上の言葉として登場してきました。今野さんは、この言葉が広く若ものに使われるようになったのは「2010年の末」としていますが、私たちのユニオンの相談受付でも、この言葉が、相談を寄せる人の側から発せられるようになったのは、だいたいその頃です。

「これって、ブラックですよね」とか相談者はいいます。また、その頃にはわがユニオンに多くいるIT労働者たちが「○○社、あそこって完全にブラックすで」とかとも言い始めました。

ブラック企業の定義はさておき、問題はいまや、このブラック企業が日本に蔓延しているということです。いまの首相である、安倍某からして、前に総理大臣だったときに「残業代は払わなくて良い」などという「ホワイトカラーエクゼンプション制」の導入を図ったわけですから、ある意味でブラック企業の後ろ盾ともいえるので、労働者の心身をむしばんでゆくブラック企業の経営陣は、いま、我が世の春を謳歌しているのかもしれません。

ブラック企業に対しての対応法は、「企業の社内論理よりも、法が優先」「会社の利益よりも、自分のからだが大事」という視点をもつことです。そして、心身ともに壊れる前に、必ず企業の外に相談の場を持ち、企業の外にある日本の法と、労働者保護制度を活用しながら(当然、労働組合もその一つですが、ブラック企業となっている会社のいうなりの企業内組合=御用組合は使えません)、失われたもの(未払賃金とか、壊された心身とか)を取り返す方法を考えることです。

なかには経営者のカルト的な価値観を労働者に押しつける企業もあるので、基本はカルト対策と同じと思っても大筋で間違いはありません。

今野さんの本を読んで、改めて感じたことに、ブラック企業の「人員整理」のしかたの悪辣さがあります。

かつて、私たちユニオンが結成されたころ(1998年)、世の中はリストラの嵐の末期ともいえる状態で、各企業には「人員整理屋」「人切り担当者」がいて、嫌がらせを伴う猛烈な退職強要を行って、それは時にはマスメディアで叩かれることもありました。しかし、それは、あくまでも人員削減(リストラ)の方策としての、嫌がらせ、退職強要で、それが終わると、今度は「人員整理屋」が不要となり、そして「リストラ」されました。

しかし、ブラック企業は違います。どこが違うか? それは企業のシステムとして人員採用段階から、違法な過重労働を前提にして、嫌がらせや退職強要を人事の恒常的システムとして、企業利益に直接結びつけています。労働者の心身破壊をシステムに組み込んで、これをエネルギー源として企業活動を行うのが「ブラック企業」です。

ブラック企業は一掃されなければなりません。

で、今日も1件、ブラック企業で働いている労働者からの相談がありました。最低でも月100時間の時間外労働、しかし、実際は20時間分しか払われないで、身体をこわしたら・・・。人事が「きみを雇うわけにはいかない」云々・・・・。

(かわせみ)

2007年2月28日 (水曜日)

「置き換えリストラ」が労働者の生活を奪う。

リストラの内容が変わり始めています

今から10年以上前、1993年から94年頃にかけて、「リストラ」という言葉がマスコミに登場しました。バブル経済が崩壊した後、企業が「建て直し」を行うこと。それが「リストラ」(restructure)です。その言葉は、やがて。企業建て直し=人員整理という限定された意味で使われるようになり、やがて解雇=リストラという意味になっていきました。1995年あたりからは「あの人は会社をリストラされた」などという言い方が罷り通るようになりました。

ところで、この「リストラ」という言葉が、最近変化し始めています。それは、「人の入れ替え」による「リストラ」が多発し始めたからです。

一定の年齢で、ある程度の年収がある労働者(500万円以上)が、ある日突然退職勧奨を受けるケースが目立ちます、それは「成果主義」とか「実績主義」による「人事評価」の結果、大幅な減給か退職を迫られるケースや、突如として賃金体系や就業規則を変えられて、一定の年齢以上が人員整理対象になってしまうケース、それにどう考えても嫌がらせとしか思えない出向・配転い遭うケースなどなどですが、今までの「リストラ」と異なる点は、その「人員整理」後は、派遣、パート、アウトソーシングという形でその「リストラ」対象者が抜けた穴を埋め、同じ業務を続けてゆくということです。また、新卒者を穴埋めに採用する場合もあります。

これを「置き換えリストラ」あるいは「入れ替えリストラ」と呼ぶべきかどうか? ただ、いわゆる人員整理解雇の「4要件」とされる。「企業にとっての必要性」「人員整理回避の努力」「対象者選定の公平性」「当事者あるいは労働組合への十分な説明」のうち、「企業にとっての必要性」のみで、行うリストラは不当な場合が多いということです。

「入れ替えリストラ」の背景には、2007年問題を契機にした新卒者採用・会社の若返り、定年制の延長問題(やがて65歳定年になる)や企業業績の悪化があると思えますが、一番大きな「圧力」は派遣、契約、請負・アウトソーシングという「非正規労働力」市場の拡大にあると思えます。安くて使い捨ての労働力があるので、企業はその労働力を「時間買い」(柳沢厚生労働大臣のいうところの)をすれば良い、そうすれば企業業績が上がるという安易な発想が見えます。

このような、「入れ替えリストラ」は、その導入方法(有無をいわさぬような強引な手法が目立ちます)や、労働契約状の問題、そして労働者の生活破壊多・低賃金の固定化という多くの問題点を抱えています。そして、「企業の必要性」だけが罷り通るようになると、労働者の権利や生活は破壊されていきます。「入れ替えリストラ」の対象者層が「残業賃金無し」とされる「ホワイトカラーエグゼンプション」の対象者と重なることも気になります。早急な対策が必要です。

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